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新型コロナウイルス 東京都市区町村別感染者数分析

東京都が都内の自治体別の新型コロナウイルス感染者数を公表しました。ようやく、です。
個人個人の判断と行動に将来がかかる中、情報の非対称性は可能な限りなくすべきだと思います。

情報の非対称性による弊害

感染源を示すものではないにしても、なんとなくでもどんな状況にあるかが伺えるだけでも随分と違わないでしょうか。
実際に私の周りには、目に見えないウイルスに怯えている人、根拠なく安心しきっている人もいて、人によって認識に大きな違いがあります。中には「インフルエンザと同じなんだから1回かかればいいんだろ」という人もいます。
これはウイルスについての情報の非対称性の現れです。
私はこれはウイルスとの戦いにおいて非常にまずい状態だと思っています。

ホラーやサスペンス映画・ドラマでも観たことがあるでしょう。
未知の生物がやってきたが、「大丈夫、大丈夫、大したことない」と言いながらフラフラ街を歩く人、ひどく怯えて身動きできなくなる人、果敢に敵をやっつけるために考えあぐねる人。
スクリーンを通して観ている私たちは「危ない!」とか「ほら今いけ!」など思うものです。
命を落とす方が出ている中、大変不謹慎な例えと思われる方も多くいらっしゃるかもしれませんが、私たちは今、そういったホラーの中にいます。
次の瞬間、私だけでなく家族、友人、知人、会社の仲間が大きな危険に襲われるかもしれないのです。

スクリーンを通して観ることができれば、より的確な判断ができます。スクリーンを通して観るとは、できるだけ多くの情報を得て考えるということです。

情報共有の必要性

相手は司令塔がいるわけではなく、個々に増殖しようとしているのです。
それに相対する私たちは、個々に十分な情報を持ち、判断、決断、実行しなければ対等に戦うことができません。司令塔の指示をいちいち待ってはいられないのです。
未知のウイルスに対抗するには全員参加、1人1人が自分事として捉え、その場その場での判断、決断、行動が求められます。

点々と勃発するかのようなウイルスの攻撃に対し、政府や都道府県のみが情報を収集・分析し指示を出すような集中管理型では対策が追い付きません。変わり続ける事態を認識、分析、対策の検討、指示をしている間に次の事態が起こってしまいます。
結果的にごく一部の出来事で判断しているに過ぎず、当たれば大きな効果が期待できますが、外せば反対に大きな損失を出しかねません。

東京都 市区町村別 新型コロナウイルス感染者数

さて、東京都が公表した2020/3/31時点の自治体ごとの感染者数ですが、注記があります。

東京都から発表される感染者数については、東京都内で検査を行ったものであり、他の道府県で検査が行われた都民については、含まれておりません。

従いまして、都が発表する「区市町村別患者数(都内発生分)」で示される「八王子=4」が、必ずしも八王子市民の患者総数ではありません。

なお、八王子市在住者が他道府県で検査対象となり、陽性が確認された場合であっても、当該患者が当該地で入院し、行動歴等から八王子市内での疫学調査の必要性がないと判断された場合、八王子市保健所には報告されないこともあり得ます。

八王子市 ホームページ(
https://www.city.hachioji.tokyo.jp/emegency/007/p026487.html

東京都が公表した情報を グラフにすると世田谷区、港区、杉並区、品川区、新宿区、目黒区と人が集まるような区部が多いことが分かります。一方、市部は区部に比較して少ないこともわかります。
しかし、人口が違うのですから当然かもしれません。人口をデータに取り入れて分析してみます。

人口100万人あたりの感染者数をグラフにしてみると、ダントツ1位だった世田谷区が後退し、港区が1位に、中央区が2位になります。
そして、感染者数のグラフでは目立たなかった羽村市が上位に入ってきました。
区部に比べて人口が少ないのはわかりますが「それだけではない」と思いました。もし家の中に感染者がいたら、他の家族も罹患してしまう。

1世帯あたりの人数のグラフと重ね合わせてみます。
思った通りの結果です。羽村市は1世帯当たりの人数が多いです。西東京市、三鷹市も同様です。
言うまでもありませんが、家族や友人と一緒に暮らしている人は一層注意しなければなりません。1人が感染したら家族全員が感染したも同然です。

もう1つ特筆すべきが、区部である板橋区、荒川区、北区、江戸川区、足立区、葛飾区の感染者数が少ないことです。比較的コロナ対策が施されている地域と言えます。

さらに年代別、性別に分析するとまた別の事実が浮かび上がるでしょう。

感染者ゼロの自治体

グラフにない自治体は感染者ゼロですからもっとも徹底されているといえます。
立川市
昭島市
東村山市
国分寺市
国立市
福生市
狛江市
清瀬市
武蔵村山市
多摩市
あきる野市
瑞穂町
日の出町
檜原村
奥多摩町
大島町
利島村
新島村
神津島村
三宅村
御蔵島村
八丈町
青ヶ島村
小笠原村

引用
・東京都の統計「住民基本台帳による世帯と人口 令和2年3月」
・ 東京都「新型コロナウイルスに関連した患者の発生について(第144報)」
・八王子市 ホームページ

新型コロナウイルスとの戦いには「衛生のロジスティクス」が鍵 -第3次世界大戦 ヒト対新型コロナウイルス-

16,563人(*1)
新型コロナウイルスによって奪われた人の数である。
世界のあちこちで戦いの火ぶたが切られ、今のところヒトは防戦一方である。
一方でテレビではオリンピックの開催日や経済対策に話題が移っているが、まだウイルスとの直接対決は終わっていないのである。

一刻も早く日常を取り戻すには、ワクチンを待つだけでなく、できることがあるのではないか。
それは衛生のロジスティクスである。ウイルスと最前線で戦っているヒトを最大限支援するためのロジスティクスである。
ヒトが持てる武器は、除菌のための消毒液や予防のマスクだ。その他ウイルスにやられないためのノウハウなども供給し続けて欲しい。

2月下旬、昼休みにランチを買いにコンビニエンスストアに入ろうとしたら、12ロール1セットのトイレットペーパーを手に持ちきれないほど持って出てきた中年男性とすれ違った。
そんなにたくさんのトイレットペーパーを何に使うのだろうかと疑問に思ったが、それ以上は考えずそのままその日を過ごした。

翌日、トイレットペーパーに人々が殺到し、品不足になっているとニュースでやっていた。どうもネットの間違った情報発信から拡散したことが原因らしいという。
その時、昼休みに見かけた「トイレットペーパーの男性」のことを思い出し、「ああ、なるほど」と理由が分かった。

それから数日間経ってもトイレットペーパーの品薄状態は解決する兆しが見られなかった。
ニュースでは再三「トイレットペーパーのほとんどは日本製だし、倉庫にこんなに山積みになっているんだから大丈夫です」と喧伝していたが、効果は認められない状態が続いている。

なぜならば、これはロジスティクスの問題なのだから。
実際、トイレットペーパー騒動が始まってから3週間以上経った今もまだ解決されていない。

日本でトイレットペーパーを製造できなくなることや、現在の在庫がゼロになってしまうことや、海外からも輸入できなくなってしまうといったことを心配している人はほとんどいないだろう。
また漫然とした将来の不安からトイレットペーパーを買いだめしているわけでもないだろう。

多くの人が心配していることは、必要な時にトイレットペーパーが供給されないことではないだろうか。言い換えれば、トイレットペーパーのロジスティックスに不安があるため、各自あるいは、各家庭がロジスティクスの役割の一部を担うに至ったのである。

ロジスティクスとは、もともと軍隊で使われていた用語である。計画に従ってヒトやモノを調達、管理、補給する一連の活動のことである。
最前線で戦っている部隊に、武器や戦闘人員だけでなく、食料や医療なども適切なタイミングで絶え間なく補給し続けることがロジスティクスである。
敵と自身の力が互角ならば、ロジスティクスが先に途絶えた方の負けになる。

第2次世界大戦はロジスティクスの戦いだったとも言われる。いかに製造、在庫、運搬を維持するか、いかに相手のロジスティクスの要所を破壊するかが重要になったという。
そして日本の敗戦または長引いた戦いは、ロジスティクスを無視したことが最大の理由であったという。大変興味深いことだが、第1次世界大戦のときには、局所での戦略戦術、リーダーシップが結果を左右したことと対比すれば、点よりも面の戦いと言える。

トイレットペーパーに話を戻すと、確かにネットのデマに乗ってしまった最初の人たちは、製造や輸入の不安から行動を起こしたのであろうと思う。
しかしその直後「製造は問題ない、在庫もたくさんある」とテレビでやっているのを見ながらも、トイレットペーパーを買い求めた人たちがもっとたくさんいた。それはテレビを信用していなかったわけではなく、倉庫から家庭までのロジスティックスがない、あるいは脆弱だとの認識からとった行動であろうと思う。
家庭を清潔に保つためにはトイレットペーパーが欠かせない。そのトイレットペーパーは製造は問題ない、倉庫に在庫することも問題ない。しかし、倉庫から家庭までは約束された供給ラインが存在しないのである。だから自分が第2の倉庫となりストックしておくことで、家庭までの確実な供給ラインを確保するに至ったのである。

いまだ解決しないマスク、生理用品、消毒液の供給不足も含めて考えれば、新型コロナウイルスとの戦いは「衛生のロジスティクスの戦い」とも言える。
新型コロナウイルスと戦う家庭に、戦いに必要な物資が十分に届けられていない。だから皆、じっとしているしかないのだが、いつまでもそうしているわけにはいかない。全てを誰かが供給してくれないことも知っている。特に生活費、学費などすぐにでも自分が必要なものを手に入れるべく活動しなければならない。
せめて衛生のロジスティックスが盤石であれば、人々の活動の多くを抑制する必要性も低下するだろう。

ここに台湾の事例(2)がある。 ただし、成功事例と言うにはまだ早いだろう。CSSE(1)によると3月24日現在、感染者数が日本は1,128人、台湾は195人。人口比でみると日本より10%少ない。

台湾では新型コロナウイルスに関する情報が出回り始めた2019年12月ごろからマスクが徐々に店頭からなくなり、翌年1月には完全になくなってしまったというが、2月上旬にはマスクのロジスティックスを確立したという。
政府がマスクを買い上げ、輸出を停止し、販売経路を薬局に限定し、どこに何枚マスクがあるのかを管理できるようにした。さらに1人が購入できるマスクの数量を制限し、購入しようという人には保険証の提示を求めた。
特筆すべきは、マスクがどの薬局に何枚あるのかをホームページで公開したことだ。これにより不安を解消し安心も提供することができたのだ。マスクマップも提供され、市民は盲目的にマスクを求め歩かなくてもよくなった。
2月上旬に台湾に行ってきた人によると、「こんな時期に中国大陸からやってくる人も多い台湾にいくなんて」と言われたが、実際には衛生の戦いは台湾の方が日本よりも大きく勝っていたという。
多くの人がマスクを付け、商業施設やホテルの入り口では体温検査と手の消毒が徹底されていたという。
なので、帰国したときには世間の無防備さに身の危険を感じるほどだったそうだ。

ある時点では自粛も有効だろうが、長い戦いにおいては衛生のロジスティクスが最重要である。
日本は幸いにして水の供給は十分である。じゃぶじゃぶ使える。これは本当に感謝すべき貴重なインフラである。
だからといって単に手洗いとうがいだけというのは原始的過ぎるし、人との接触を避ける世界は無味である。
人々が従来の活動を止めることなく、新型コロナウイルスに打ち勝つ方法は、衛生維持のためのあらゆるロジスティクスの確立が今求められている。

出典:
*1: Coronavirus COVID-19 Global Cases by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins University
(https://gisanddata.maps.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html#/bda7594740fd40299423467b48e9ecf6)

*2:「大混乱を回避、台湾の知られざるマスク事情 政府が買い上げ、マスクマップで在庫確認」東洋経済ONLINE
(https://toyokeizai.net/articles/-/334652)





みんなの前で怒鳴る、大声で叱責する、不満を口にする・・・その前に

ブックルックチームではシステム開発や運用を中心とした仕事を約60人が集まってしていますから、人と人がぶつかり合うことがあります。
時々ですが感情的になって、怒鳴ったり、大声で叱責したり、不満を口にしたり。。。そういう場面に遭遇することがあります。
そして誰もがどうしたらよいのか戸惑い、悩み、または考え込んでしまうようなこともあるでしょう。
そんなとき、どうしたらいいのか、ここで1つの指針を示したいと思います。

感情は人が持つ最大の特徴。仕事においても感情はとても大事な要素でしょう。
まさに喜怒哀楽は人生を豊かにします。

それでは、オフィスの中で感情的に声を荒げるのはどうでしょうか。大声で笑うのはどうでしょうか。
感情的になっていなくても、そう聞こえるような声で相手をまくしたてるのはどうでしょうか。
怒鳴ったり、大きな音をたてたり、物を投げたり・・・
ネガティブな反応は、誰もがやりたくてやっているわけではないし、少なくともその時点では正当性を持っているだろうから、これらのような行動を制限することはできないでしょう。
行き過ぎは他人を害するのでそれはダメですが、少々のことなら咎めるべきかも悩みます。
良いのか、悪いのか。許されるのか、許されないのか。言った人ではなく、言われた人が責められるべきなのか。見て見ぬふりをするか。

ここで2つのキーワードを考えたい。

Respect と Kindness。

Respect:
「尊敬する」「尊重する」という意味だが、もっとよく調べてみて欲しい。
人や物を賞賛する、大切にする、傷つけない、十分に配慮する、慎重に扱うといった意味である。

考え方や、感じ方、正義は人により異なります。
だから、自分が正しいという思いで一方的に接するのではなく、自分の言動で人を傷つけたりしないか、確認しながら、気を使って接することが「Respect」です。

Kindness:
「親切さ」だが、書籍『Wonder』に出てくるブラウン先生の言葉とともに考えたい。
「正しいことをするか、親切なことをするか、どちらかを選ぶときには、親切を選べ」

相手の失敗を追及し責めるのではなく、一緒に仕事が前に進むように仕向けるのです。
どんなに相手が悪いと思っても、です。

余談ですが、「Wonder」は子どもたちに就寝前に読み聞かせた本です。
頭が良くて、勉強ができて、要領よく振舞えたらそれが一番か、といえばそうではありません。
「Kindness」がわかる人間になって欲しいという願いで読み聞かせました。

それだけこの本は私に強い感銘を与えた本なのです。
人間関係で悩むときにこの「親切さ」を思い出しては、自分がどうすべきか考える指針にしています。

10年ぶりに行ったUSJで実感、プロセス・イノベーション

USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)について話す前に、イノベーションについての理解を確認したい。

イノベーションには、プロダクト・イノベーションと、プロセス・イノベーションの2つがある。
前者は組織が提供する製品やサービス自体の変化であり、後者は組織が提供する製品やサービスが創造され利用者のもとへ届けられる方法の変化である。

分かり易い例を出すと、プロダクト・イノベーションは、
・小型でパソコン並みの性能を備えたインターネット デバイス AppleのiPhone
・歩きながらステレオ音質の音楽を聴けるミュージックプレーヤー SonyのWalkman

プロセス・イノベーションの例は
・必要な時に必要な量の部品を発注することで在庫リスクを小さくするトヨタのカンバン方式
・顧客全員にオーダーメイド パソコンを短期間で販売した デル のダイレクト・モデル

これらイノベーションのサクセスストーリーは華やかであるが、実際にはイノベーションを起こさせることはほとんどマネージ不可能であると言われている。つまり、やろうと思ってできるものではない。

それでも競争優位を確保するためであったり、戦略上のポジションを防衛するためには圧倒的な「競合との差異」が必要である。自分の会社がやらなければ、競合企業がやる。だから先にイノベーションを起こさなければならない。

飛躍的なイノベーションこそやろうと思ってできるものではない。だからといって何もしないことは終わりを意味する。
そこで、漸進主義的なイノベーションに期待したい。

漸進主義とは、創発的にトライ・アンド・エラーを繰り返すことである。またすべてをマネジメントの決定に依存せずに、ケース・バイ・ケースで効果的な対処を目指しながら、組織の中で発生する暗黙知を形式化していくことである。
漸進主義とは、つまりイノベーションそのものなのである。

前振りが長くなってしまったが、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)に行って、そこで働くクルーたちが10年間かけて実行してきたプロセス・イノベーションを実感したのである。
私はUSJに何の期待もせずに行ったのであるが、その変化に何度も自分の目を疑った。けれども、何度確認してもすっかり生れ変わったUSJしかそこにはないのである。

私が初めてUSJに行った頃の話し。
2009年ごろで、日本でオープンしてから8年が経過したころだった。
みな我先に入場し、アトラクションに並び、園内を走り回っているのを多く見掛けた。
雰囲気は騒々しく「まったく差別化されていないただの遊園地」で素直に楽しめなかった。
東京ディズニーランドにある「空気」と同じものが楽しめるだろうと勝手に想像して行ったので、そのギャップの大きさにがっかりしたのである。

そういうこともあり、2回目である今回は、特に期待せずに行った。
我先にと無理無理前に列に入ってくる他の来園者のお陰で嫌な思いをする覚悟はできていた。

まったく違った。
すぐに気づいたことは、あんなに無節操だった来園者たちは、USJの意図によりマナーが飛躍的に向上していた。
世界的にもマナーが悪いと言われる中国の方々でさえも、いい意味でその存在に気づかないほどに紳士淑女的だった。
USJのクルーが「並んでください」とか「ゆっくり歩いてください」などとは注意はしていない。作り上げられたパーク内の施設や空気、クルーのさまざまな配慮が、世界じゅうからやってきた人たちを1つのマナーに従わせているのである。

来園者は見事な建築物、ディスプレイに何かを発見することや、笑顔で手を振るクルーに応えたりすることでも十分楽しめるから、アトラクションに乗ることに命をかけなくなったのであろう。

ウォーターワールドは前回も観覧した。記憶に残るほどの感動はなかった。何が大きく違うのかはっきりとはわからないが、今回は特に水上バイクのアクションに目を見張った。
恐らく、来園者の反応を見ながら少しずつ演出を変化させてきたのであろう。

臨場感ある映像と乗り物を同期させたスパイダー・マンやハリー・ポッターなどはまさにプロダクト・イノベーション。
だが、それと同等のプロセス・イノベーションが伴って、来園者の満足度がさらに高まる。

入園料は税込8,900円で、ディズニーランドのそれを大きく上回る。それでも集客できているのだから相当な実力を持っているといえる。
きっとできることから少しずつ工夫して変えていったことで、これほどの顧客体験を提供できるまでになったのであろう。

ブックルックチームも同じだ。今日の変化が10年後の大きな競争力を生む。
時間軸を縮めてみれば、飛躍的な変化、イノベーションを遂げているはずだ。

参考文献:
ジョー・ティッド/ジョン・ベサント/キース・パビット (後藤晃/鈴木潤 訳) (2004) 『イノベーションの経営学』 NTT出版
野中郁次郎/紺野登 (1999) 『知識経営のすすめ』 ちくま新書
吹野博志 (2005) 『ダイレクト・モデル経営』 かんき出版