Human Resources (人材)

リモートオフィスの限界

多くの方は感覚的に、またはある人は実感をもって認識していることかもしれません。チーム本体から離れた場所で仕事をすることの限界について。最近、私は限界を思い知らされています。

私が所属する組織のメンバーは、日本、中国、マレーシアに分散しています。およそ半数のメンバーはマレーシアにおり、その中に私の上司がおります。また、私がマネージャーを努めるチームのメンバーは中国におります。
つまり、私の上司とチームメイトの多くがマレーシアにおり、私の部下は中国にいるわけです。

この組織が編成されたときには、離れた場所にいるけれども情報共有を進めて、お互いに職務遂行能力を向上させられるようにがんばろうと思っていました。しかし、今のところほとんど進展していません。
私が考えるに次のような理由があります。

1. 文化の違いによるギャップ
文化が違えば何が違うかというと、大切にするポイントや仕事の進め方が違います。例えば日本では職務範囲や責任範囲があいまいですから、何か物事を進めるときにその背景を理解し、周辺のことにも注意を払います。しかし、国によっては明確に責任の範囲を設定し、それを超えることは絶対にしません。結果的に私から見れば柔軟性に欠け、手続きを増やしているだけに映ります。

2. 外部環境の違いによるギャップ
会社を取り巻く環境、競合相手、顧客、社会の状況が異なれば物事に対する優先付けも変わります。
私が日本の社会的な状況を踏まえてこれは重要だから徹底させたいと考えても、他国ではまったく問題視されていない場合、優先度が低くなります。日本の人件費は高額ですから、いかに人を使わずに、短時間で終わらせるかをベースに全てを考えていますが、人件費が安い国では最初にそのことを考えることはありません。

3. 暗黙知の共有ができない
暗黙知とは、文書にしたり話したりと形式化しにくい知識のことです。雰囲気とか~のような感じといった感覚的なものです。その積み重ねから話すことができる知識が生まれます。
SECIモデルによると暗黙知を形式知にする繰り返しで、組織における知識レベルの向上を実現できるのだが、その出発点は暗黙知なのです。つまり、この暗黙知がないとSECIモデルは回せず、知識レベルの向上もできない、ということです。本当に私は当初情報提供によりこの不足するであろう部分を埋めようと考えていたのですが、お互いに意識がないと受け取ってもらえないですね。

離れ離れで仕事をしていると、会社に来ているのかどうかさえもわからないし、どれほど忙しく働いているのか、または余裕があるのかもわかり合えません。見えるところにいれば、いちいち話さなくてもそういった状況はおおよそつかめます。
離れているので、頻繁に電話やメールでやり取りをしています。特に私の部下とは意識してコミュニケーションをとっています。これは内向きのコミュニケーションに時間を割いているのです。外向きのコミュニケーションもとらないといけないので、それも行います。すると自分自身の仕事はほとんどできないのです。ここにジレンマがあります。

正直に既に半年以上が経過しましたが、組織を変更したことによって得られたものはほとんどありません。
実は暗黙知の共有ができれば、先に書いたギャップのほとんどを埋めることができるのではないか、とも考えています。

この問題の解決策を出すとすれば「相互理解」でしょうか。
↓「暗黙知」や「SECIモデル」についてはこの本がわかりやすいでしょう。

 

おもしろさを組織論で解説すると、

「のだめカンタービレ」めちゃくちゃおもしろい。毎回ワクワクしながら観ていますよ。
このドラマの面白さは組織論にある!社会に出れば多くの人が経験できることを象徴的な物語であらわしている。

見ている人をワクワクさせたり、感動させるのは、登場するオーケストラのチームワーク、そこにいる人達の関係ではないでしょうか。みな、それぞれ問題を起こしたり、問題を抱えながらも、生き生きと、楽しそうに、やる気をもって演奏している。充実しているメンバー達。
毎日こんな風にして仕事ができたら幸せではないでしょうか。この秘訣はどこにあるのでしょうか。

(モチベーション)
あなたは仕事に対するやる気は何から湧いてくるだろうか。
やる気(動機付け)の源泉は外発的なものと内発的なものに分けられる。
外発的動機付けとは、お金、物品、役職など外(他人)から与えられるものである。
内発的動機付けとは、本人の考えや気持ちなど自発的にやる気にさせるものである。例えば、仕事そのものが楽しいとかやり遂げたときに充実感を感じるなどである。
外発的動機付けとして満足するだけの給料を上げ続けることにはすぐに限界が訪れるが、内発的動機付けは自己生産し続けるため長期的に及びやすい。ただし、せっかくのやる気を削ぐようなことがなければ、である。

「のだめ・・・」では、一部の優秀な演奏者たちが間近に控えたコンテストでの優勝、また大家に認めてもらいたいという外発的動機付けにより、オーケストラでの練習もそこそこで個人練習に時間を割いた。結果、ある女性は2位で周りから祝福されながらも、1位がとれなかった失望感で一杯であった。一方、その後のオーケストラの練習では指揮者の描く音楽のイメージに触発され、自分の心の内から演奏することの楽しさを味わう。コンテストのときよりも楽しく、やる気をもって生き生きと演奏する姿が描かれている。
また、別のメンバーは、コンサートのポスターに書かれたその人の名前の前に付けられた褒め言葉に近づこうと自らやる気を奮い起こし、練習に腰を入れ始めた。
(リーダーシップ)
オーケストラでは指揮者がリーダーである。優れたリーダーシップとは何であろうか。多くのリーダーシップ論で共通しているのは次の2点である。1つはチームを取り巻く環境づくり。2つめはメンバーへの配慮である。

「のだめ・・・」では、指揮者はオーケストラを取り巻く環境づくりとして、曲の理解に寝食を忘れて取り組み、それをメンバーに真剣に伝えようと努力する。そういった行動を通してそのオーケストラが目指すべき方向性を示す。メンバーは迷いなくそのベクトルへ向かって行く。あれこれ周りを気にすることなく練習に取り組む。
メンバーへの配慮としては、信頼を寄せ、メンバーの気持ちを大切にしている。あるとき楽譜通りに演奏しろ、メンバーの個性は入れるな、それで十分だと言っていたことがある。メンバーは納得はできないながらも言われた通りにした。そうするとその指揮者が思っていたものとは全く違う「気持ちが悪い」オケができてしまった。また、メンバーはそのオケに愛着は持っておらず、ただ楽譜通りに演奏するだけとなってしまった。これを契機に指揮者は考えを改め、個人を尊重してリードするように変えた。そうしたら、メンバーは自らのオケに愛着と誇りを持ち、非常に躍動感あるオケができた。

もう一つ注目したいのが、このリーダーとメンバーのインタラクティブな関係である。
リーダーシップはあたかも優秀なリーダーがチームの成果を引き出すように論じられるが、実際にはこのように、メンバーシップもリーダーシップに影響を与えているし、リーダーシップがメンバーシップに影響を与えている。
私は、リーダーシップよりも、このリーダー・メンバー・シップこそがチームの成果を引き出す鍵であると考えている。

↓読みやすい本ですよ。

新人のOJT

今年の4月に入社した新人に、まずは小さな成功を重ねて仕事のやり方を覚えてもらうのと同時に、自信をつけてもらおうと計画した。

そこで、私にとっては簡単なプロジェクトの一部を任せた。それは、Oracleの9iから10gへのアップグレード。私なら半日あればOracleのセットアップからデータ移行まで出来る内容だったので、多めに見積もって5日間与えた。もちろん、必要な情報は全て提供して。しかしながら結局10日間かかってしまった。

一番の原因は予期せぬ障害が発生したことだ。それはかなり経験ある人でも気づかないようなOSレベルの障害だった。その判断を下したときには既に8日間が過ぎていた。まだリカバリできる時期だったのでしばらく悩んでもらおうと放っておいたが、結局私が確認して、OSから入れなおすことにした。ポイントはこの判断をいかに早く行うかだが、やれることの全てを知っていないとそれができないことに気づいた。

でも何10回もOracleのセットアップをできたし、データベースの作成なども何度もやれたし、関係者に説明して謝っていたし、非常にいい経験になったと思う。

私が一番恐ろしいと思う経験は、最初から全てがスムーズに終わってしまうことだ。案外記憶に残らないし、学ぶことも少ない。にもかかわらず、変な自信がついてしまい、甘く見てしまい、絶対に失敗してはならないときに失敗してしまうことだ。

チーム間の人事評価と処遇の公平性

ある私の部下が部署を異動したいので了承してくれ、と願い出てきた。
上司が了承すれば、本人の希望により異動先の長と面接をして、OKが出れば異動できるシステムがあるからそれを利用したいということだ。
唐突だったので、その理由を聞いてみた。「マネージャとしての仕事がしたい、今の仕事には限界を感じる」ということであった。私には理解できない。私は彼がマネージャになりたいということを知っていたので、どんどんそうなれるように仕事を任せるようにしてきていた矢先だったからだ。そこではそれ以上拉致があきそうになかったので、少し日をおいて2日後に再度話し合うこととした。

2回目の話し合いで、ようやくその真意を聞き出せた。話し合いではコーチングを心がけた。コーチングは戦略をもって行うことが必要だ。私は彼にとってベストなソリューションならば、異動することは一向に構わないし、むしろそれをサポートしたい。
しかし、彼はまだ、すぐにマネージャとしての仕事をできるレベルには達していないし、他の部署に異動したら今よりも遠回りになると考えている。状況をまだきちんと把握できていないので、ゴールは決めていなかったが、真意を聞き出すことが最優先だと考えた。何か希望要望があるはずだと思った。

時間をかけて多方面から質問を投げかた。「5年後、10年後の自分自身のビジョンはあるか」「やっていて楽しい仕事と、そうではない仕事は何か」「これからやりたい新たな仕事はあるか」「身近にこうなりたいという人がいるか、いるなら誰か」「お金、地位、仕事内容で今一番欲しいものはどれか」など。
そしてわかったことは、隣の席に座っている別のチームの同僚が昇進したのに、自分が昇進しないことに不公平を感じていたことだ。その同僚は仕事中はだいたい時間に余裕があり、技術的な勉強をよくしている。一方自分は非常に仕事が多く、勉強する時間なんて到底ない。自分の方が何倍もたくさん働いているのだからその同僚よりも先に昇進していいはずだ。なのに先を越され、こんな不公平なところではやっていけない、給料はいいから昇進したいというのだ。

私は次のような事を話した。
私はその同僚の仕事を全て見ているわけではないから、全てを知らないし、あなたが主張している通りかどうかもわからない。しかし、明確に言えることは、マネージャは自分が担当する仕事において全責任がとれる人だ。私から見てその人はそれを実践していると思う。それについて同意できるならば、今のチームを例えば半年後に全て任せられるようにサポートする。
人事評価は成果主義であるから、仕事の量や時間だけでは判断されない。
マネージャになるには働き方のパラダイムを変える必要がある。

人事評価と処遇は非常に難しい。しかもチーム間の公平感、結果に対する納得感を持たせることはもっと難しい。だが非常にありがちなことだ。よく私の上司とも話し合って、納得感を高めていきたい。

最後に、もう一度自分の幸せについてよく考え、どうしたいのか決めるように話して終了した。
私は優秀なリーダーをたくさん育成していけるなら、それは幸せなことなので、やる気のある人はどんどん育てていきたいと思う。よく納得はしていたが、また明日フォローしようと思った。