小山内 裕

救命病棟24時 人気の理由はリーダーシップ

やっぱり、リーダーシップモノは高視聴率の定番じゃないですかねぇ?
それは「のだめカンタービレ」の人気の秘訣と共通する (詳しくは、「おもしろさを組織論で解説すると、 」)。

見所の1つは、進藤先生(江口洋介)のフィールド(現場)型リーダーシップ。
2つめは、フィールド型リーダーシップとコンフリクトする澤井先生(ユースケ・サンタマリア)のマネージャ(管理)型リーダーシップ。
3つめ。今日それが明確に現れた。創発型リーダーシップ。

具体的に1つ1つ見ていきたいがその前に、リーダーシップの定義を明確にしておきたい。
リーダーシップとは「他人に影響を及ぼし、望ましい行動をおこさせること」である。
そして数多くのリーダーシップ研究から、素晴らしいリーダーシップの行動の要素として、不変の2軸がある。
それは、成果重視の行動と人間関係重視の行動である。これら2つのバランスを上手に取ることがリーダーに求められる。

これまでの周囲の進藤先生に対する評価は、成果重視の完璧主義。仕事上では少しのミスも許さない。
しかし、小島楓(松嶋菜々子)や山城紗江子(木村多江)の評価は、それだけではない。人間関係のメンテナンスが上手なことも知っている。
まさに、リーダーが取るべき2つの行動が見られるわけだ。
上司として一緒に働くのは確かにキツイと思うが、成長の機会、得られる満足感はこの上ないだろう。

さらにここに、救急医療の根本的解決を目指すマネージャーが登場する。マネージャーとして当然といえる、組織を守ることに努力し時間を費やしている。
めずらしいことではないが、外部から見た場合、当該組織がどれほどの努力をして成果を出しているのかわからない。だから、身を削りながら出している成果も当然と思われ、それが標準となってしまう。もっと貢献しようとリスクをとるまではいいが失敗したときには、標準未満のパフォーマンスと判断されてしまう。
そんなことになってはモチベーションが下がるし、組織自体の存在意義さえ薄れてしまいかねない。
だから、澤井先生は、過大な努力でチームを引っ張ろうとする進藤先生にブレーキをかけようと躍起になるわけである。

さて、今日の回で見られた新しい動き、創発型リーダーシップ、といえないだろうか。
進藤先生の厳しさに嫌気がさして救命医療チームを離れた眼科医の丹原先生。初めて進藤先生の人間味ある言動に触れ、そのリーダーシップにフォローする決心をする。
ちょうどそのとき、正にフィールドとマネージャーが、救命すべき患者の受け入れ人数についてコンフリクトしていた。コンフリクトの原因である人員不足を補うべく、丹原先生が戻ってくる。
「私も救急医療の医者だ」という丹原先生の言葉に現場は高揚し、マネージャーである澤井先生も含め、直面する課題-患者の命を助けること-に一丸となって取り組む姿が見られた。

ここでは誰かの明確なリーダーシップがあったわけではない。進藤先生は「5人全員の患者を受け入れたい」とし、澤井先生は「3人が限度だ」といい、丹原先生は「私もチームの一員だ」といい、小島先生が救急隊員に「5人全員を受け入れます」といっただけである。進藤先生もきっと、さっとスーツから白衣に着替えた澤井先生に何らかの影響を受けたに違いない。
ここで見ている側として、とっても気持ちのいい理由は、誰も指示していないし、先頭に立った人もいないのに、みんなが同時並行的に、それぞれに触発され率先した行動(リーダーシップ)を発揮した姿を目の当たりにしたからではないだろうか。

子どもであろうとも経営陣はリスクを取って

ある日の新聞に掲載されていた記事。

子どもたちの株式会社体験プログラム。
子どもたち4~5人のグループが、それぞれCEO、CFOなどの役割を持ち、事業企画を立案・提案する。
提案が受け入れられれば株式会社を設立し、親から1万円の資本金を、金融機関から1万円の融資を受け開業する。
準備段階を経て、実際に(限られた空間ではあるが)ビジネスを行う。
その結果から、分配あるいは返済するのであろう。
ここでフト気になったことがあった。
それは、この経営陣がリスクを取っているのかどうか、ということだ。
たとえば、借り入れに対する担保はどうなっているのだろうか。
経営陣がリスクをとっていないとすれば、昨今話題の崩壊してしまった資本主義の焼き直しに過ぎない。
人の金で事業を起こし、失敗したら「ハイ、さよなら」では困る。

恐らく、このプログラムを策定する段階で議論があったにちがいない。
何かしらの決断をするときに、夢を描く。
だが、その反面、失敗したときの悪夢もチラつく。
実際には、最悪の事態も想定し、リスクを管理しておくことがポイントだろうが、とにかく、夢とチラつく悪夢とのハザマで決断を下していく。

実際の中小企業の多くは、経営者自らもお金を出す。
だから、おこづかいを出すか、借り入れに対して担保を設定すべきだろう。
厳しいと思われる方もいると思うがこれが現実である。
もし、経営陣がリスクを取ったら、きっとこうなるだろう。
「うまくいけば報酬がもらえる」
「でも失敗すればおこづかいがなくなってしまう」
思い切ったことをするか、無難にまとめるか意見がわれる...

その結果、「借金は絶対ダメだ。特に金融機関から借りちゃダメだ。」という子どもが出現したら、ものすごーく役立つプログラムになると思う。

学力以外の能力開発は?

この記事を読むにあたって気をつけた方がよいことが2つある。
それは、人の能力のすべてを学力で計ることはできない、ということ。
もう1つは、この結果は当然と言え、現代社会の歪を象徴している、ということ。
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年収多い世帯の子供ほど高い傾向…文科省委託研究
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まず、これは収入に対して、学力というモノサシで計測した結果であって、世の中にあるその他のモノサシは使われてない。
収入と運動能力、収入と家庭生活に対する満足感、収入と親子の信頼関係、収入と思い出の質と量・・・
もしかしたら、学力向上のためにお金はたくさん使っているが、子どもとの関係はどうなのだろうか。

次に、なぜこの結果が当然と言えるのか。
私が思うに、日本の大企業に限って言えば、学力が高い人ほど多くの収入が得られるモデルになっている。

ある外資系の職場では、学歴は経路でしかないことを思い知らされたことがある。
誰もが学歴に関係なくチャンスを与えられるから、非常に競争が激しかった。
そして、学歴に関わらず結果を出している姿を見ることも珍しくはなかった。
だれもがチャンスを掴めば存分に力を発揮しようと努力する。
だが、学歴社会では、チャンスは学歴に応じて配分される。スタート地点が違うのである。
ここに2極化の根本が見出される。

最後に気になったことが、以下の文。
「親自身の普段の行動を尋ねたところ、高学力層では「クラシック音楽のコンサートに行く」「お菓子を手作りする」などの回答割合が高く、低学力層では「パチンコ・競馬・競輪に行く」「カラオケに行く」などの回答割合が高かった。」

これは何を表すのだろうか。
収入と学力の相関、収入と親の行動の相関は理解できるが、親の行動と学力の相関は低いのではないだろうか。

SOYJOYのCM

お昼におなかがすいてソバ屋に入った。
注文をして待っている間、SOYJOYのCMが流れていた。

大豆をテーマにアボリジニがどうの、と、エコや健康志向を感じさせるCMだった。
おなかがすいているにもかかわらず、CMを見た後、まったくその商品を食べたいとは思えなかった。
http://www.youtube.com/watch?v=NfLws1lIjsA

なぜだろう?

そもそも健康志向の食品って、おなかがすいたから食べるというものではない。
エコかどうかといえば、エコではない。食べなくてもいいけど食べたほうがいい、というものが健康志向の食品だ。
だから、おなかの負担にならない、少量のものが多い。

しかし、SOYJOYはおなかがすいたから食べる。もう、最低限のレベルを満たすためであり、無駄がない。
だからエコかどうかといえば、エコである。ムダ食いしていないから。

だから、「おなかがすいたらスニッカーズ!」というCMはもっともエコといえる。

それでいいのに、結果的にSOYJOYはエコじゃないCMを作ったがために、食べたいと思われなくなってしまうんじゃないかと思うのは私だけであろうか。