小山内 裕

夢ある起業家が集まる場所(1/2)

「かわさき起業家オーディション ビジネス・アイデアシーズ市場」で事業計画発表会に参加してきた。
私の当初の予測を超えて、夢があり、社会性に富み、楽しいものであった。何度も心が震える場面があった。

私は今回が初めてなので、毎回どのようなものなのかを知らないが、人づてに聞くと、今回はいつもよりも随分と良かったらしい。

私が取り上げたいアイデアが2つある。
1つ目は「自然滑空グライダー」。小林和夫さんによるもの。
はっきり言ってしまえば、紙を切って折っただけのものであり、誰もがすぐに真似ができる。
しかし!それを連続100枚飛ばす様を見てつい顔がほころんでしまう。
夫婦2人がそれぞれ物干し座をのようなモノを持って、高い位置からグライダー100枚を連続して飛ばすのである。
何が顔をほころばせるのか、主観的に分析した。
1) 奥さんと協同してグライダーを飛ばしている。夫婦の仲の良さ。
「こんなの何が楽しいのよ。」などと言う非協力的な奥さんもいそうだがそうではない。
2) 手作りの感。
物干し竿のようなモノの手作り感が何ともいえない。
3) 100枚のグライダーが飛ぶ姿はだいたい予想通りの結果である。
だから、グライダーよりもそれを飛ばしている夫婦の姿に目が行ってしまう。

以上のように、グライダーではなく、それを一所懸命やっている夫婦の姿が顔をほころばせるのである。
これが非常に重要なのである。
そこに将来の自分を見るのである。こうありたいというような夫婦像。
小林さんには申し訳ないが、一見するくだらないようなことを夫婦そろって一所懸命にやれることほど幸せなことはない。実際にそれができる夫婦はどのくらいいるのであろうか。

私はその姿に感動した。妻と年を取って、人前で、しかも起業家オーディションで紙飛行機を飛ばすなんて素敵じゃないですか。

さて、私なりにビジネスの実現性を考えてみた。
1) ジャンボグライダーに挑戦!企画。
スポンサーを見つけ、河川敷で大掛かりにジャンボグライダー(5~10mのもの)を飛ばしてみる。
見るだけだが子どもも大人も楽しめるのではないだろうか。
2) 飛行距離を競う
グライダーに工夫を凝らし、いかに長距離飛行ができるかを競う。
これも、スポンサーを見つけイベントを開催する。

人生において究極の1冊

多摩大学大学院で聴講生として、橋本大也先生の授業に参加していますが、なかなか興味深いお題が出されました。

それが、「あなたの人生において究極の1冊はなにか?1行紹介してください」というもの。
1冊だけ、というのはなかなか難しい。

それぞれの場面で力になってくれた本があり、精神力の支えになってくれた本があり、今の私の意見をうまく表現してくれている本があり、みんなに紹介したい本があり。。。
いろいろ考えた末、普遍的にチャレンジ精神を持てる1冊を選びました。
普遍的にというのは、いつの世も通用する、ということです。
いつの世も、もうこれで完璧、誰にも負けない、ということはないのです。「盛者必衰」とはこのことか、という1冊です。

これは結構、スタンダードな選択でしょうね、きっと。
私はこの本を読み始めてすぐに、それまで長年の疑問が解けたと同時に、将来に対する不安が払拭されました。私が持つ方針なら、後発で小規模組織であろうと大企業を超えることができるとカクシン(確信と革新)しました。

クリステンセン 『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』

今は辞めてはいけない

どんなに頭にきても、どんなに気に入らなくても、どんなに嫌でも、やりかけの仕事を放り投げて辞めてはいけません。

仕事を途中で放り投げるというのはプロフェッショナルとして端にも棒にも引っかからない、ということがそもそもありますが、今、この時期は、想像以上に厳しい世の中です。
ご存知の通りアメリカ発の不況が叫ばれて久しいですが、過去にないくらいの厳しさを今、私は実感しています。
そして思い出します。今年の秋口くらいに、大手企業のトップたちが「こんな急激な落ち込みは前例がない」と話していたことを。

MBAを共に学んだ友人たちも同様に、とてつもない状況に驚いています。
11月中旬から「ガタッ」と音を立てて経済状況が悪化したことを肌で感じています。

お客様と接したり、経営的な数字を追っているとすぐにわかりますが、会社の中だけで働いていると、わからないものです。どんなに知識、経験、技術があろうとも、再就職できるのは、あなたと採用しようとする企業がよほど恵まれている場合だけではないでしょうか。
もし、会社員をされていて、辞めようと考えているのでしたら、今は何としても堪えてください。
そして、会社とステークホルダーの利益に貢献するよう、今すぐに気持ちを切り替えましょう。

。。。と、こんなことをここで言いましたのは、今日、社員が1人辞めました。
嵐が吹き荒れる外へ出て行きました。心配しておりますが、自分で決断したことですから、検討を祈るばかりです。

人生の無駄遣いを辞めたわけ

独立して一番変ったこと。
時間とお金と人に対する考え方。
サラリーマンの時は「いかに時間を消費するか」がテーマであった。
顧客のために働くといっても、どうしても、時間は消費の対象であった。
結局、サラリーマンは自らの時間を売って収入を得ているのである。
つまり、時間を消費して給料をもらう。
独立してこれが180度変わった。
独立すると当然、働かなければ収入はない。だが、私なりには「働く」というよりも「動く」が適している。
とにかく「動かなければ収入がない」という感覚である。
人(にんべん)が取れたのである。

サラリーマンの時には、私の行動すべてに人が添えられ「働く」になっていた。
だが、独立して「働く」から付添い人がいなくなり「動く」になったのである。
サラリーマン時代は付添い人がいるから、たとえ自分の稼ぎがなくとも組織が解決してくれる。給料が支払われないということはない。
しかし、独立すると付添い人がいない。稼ぎがないと自分の収入がないばかりか、従業員に払う給料さえない。
だからとにかく動く、効果的に動くために考えに考える。これが自立なのであろう。

そして、動いたら動いた分だけ収入につながるのも事実である。確実に収入になることを考え行動しているから、当然といえば当然である。

時間を消費してお金をもらうのではなく、行動することでお金になるのである。
動けば動いただけ、もっと言えば、人の役に立てれば、その分、見返りとしてお金になるのである。
だから、無駄に時間を過ごすことは機会損失につながる。
いかに、この無駄な時間を減らし、時間を有効活用するかがそのまま収入の増大になる。
そう考えると、時間を消費するという観念は持ちようがない。
もう、収入を増やす方法を考える必要はない。なぜならば、時間は誰にも公平に与えられている。既に目の前にお金に変換可能な時間があるのだから。
そして、時間をお金に変換するには自分が世の中の役に立てればお金になるのであるから。
目の前を高価な錦鯉がウヨウヨ泳いでいる状態である。
また、人の見方が変わった。
サラリーマン時代は与えられた職務の枠の中でしか人を判断しなかった。あとはプライベートで会っても楽しいかどうか、くらい。与えられた職務と関係のない仕事をしている人とは、話しても広がりを持たせられなかった。
また、先ほどの時間に対する考えから、時間の浪費を嫌って、やたらと人とは会おうとは思わなかった。

独立したら、会う人と会う人皆、どうやって活用できるかを考えるようになった。
また、ある能力やスキルを持っている人と会ったら、どうやったらこの才能をうまくお金に変換できるだろうか。
というようなことを考えるようになった。
採用面接も、真剣に、その人が持つ能力を見つけ出し、能力の使い方を考える。
誰しも皆、能力を持っている。だから、そのときのためにその人を大切にして関係を保っていこうと考える。

先日、営業の電話がきっかけである会社に勤めている人と個人的に会う機会があった。ついつい、その人の能力の見極めに走ってしまい、その能力に対して、「こういうニーズがあるから、こうすれば副収入は得られるよ」という話しをした。

経営の資源は、ヒト、モノ、カネ、そして情報である。知識を売り物にしている当社は特にヒトが重要である。
だから時間をポジティブに使い、持てる能力を存分に発揮することで、社会に貢献するよう毎日話している。