普天間の基地移設が話題になっている。
もっとも気がかりなことは、
・日米関係悪化による国益のマイナスが及ぶこと。
・鳩山首相のリーダーシップどころかビジョンの欠如。
の2点である。
今朝の日経新聞に、フィリピンでの米軍撤退の事例が紹介されていた。
1986年、親米マルコス政権からアキノ大統領が政権を取った後、対米関係が悪化。
それまで100年近くフィリピンに駐留していた米軍は、国外最大の軍事施設であったが、91年に撤収を決め、94年に完了した。
その後、中国が軍事力の空白を突いて、帰属が不明確だった南沙、西沙などの島々に次々と部隊を送って実効支配した。
慌てたフィリピンは米軍の呼び戻しに動いたが、米側は応じなかったという。
日米合意があるとする米側の立場に反して、「今は結論を出さないことを決めた」という日本。
「trust me」(俺に任せろ、信用しろ)とオバマに語った鳩山首相の態度急変が明らかになった。
鳩山首相にとって大切なのは、オバマ大統領との関係よりも、国内との関係であるというところまではわかる。
しかし、国内の中で、福島さんと国民のどちらが大切なのか、という点については不信感が残る。
なぜなら、当初、鳩山首相は普天間移設は当初計画通り進めることで問題ないと判断していたわけだ。それはもちろん、国民のことを考えた上での判断だったと信じたい。だから、オバマ大統領の目を見て「trust me」と言えた。
だが、福島さんが連立離脱をほのめかすと、とたんに態度が急変。国民あっての民主党ではなく、福島さんあっての民主党というわけだろうか。
さて、今日は、普天間移設の良し悪しよりも、首相としてのリーダーシップを問いたい。
というよりも、そもそも、日本の首相は、リーダーシップを発揮できない構造の中にいるんじゃないだろうか、と改めて思う。
そしてこれは、日本の政治特有のことではなく、民間の企業でも起こっていないだろうか。
会社の方針と、自らが抱く方針が一致せず、納得できない。だから、会社を辞める、仕事の手を抜く、言われたことしかやらない、何もしない。そんなことが会社の中で起こっていないだろうか。
福島さんの行動はこれと似ている。
私がサラリーマンだったとき、組織の方針と、私が責任を負うパートの要求が明らかに異なることがあった。意見はしたが、一度決まったら、組織の方針に基づいて最善を尽くすよう、努力した経験がある。部下たちからすれば、それまでの私の言葉と異なる行動であったわけだから、疑問も持たれたが、そこはすべてを説明して理解を得た。
結果は、方針だけで決まらない。外部環境と実行する人の要因もある。言い換えると、すばらしい方針も、環境に適さず、実行できる人がいなければファントム(幻想)にすぎないというわけだ。
鳩山首相は、強く信じるビジョンがあるなら、その実現にすべてを注がなければ、成果は出せないと思う。それがリーダーではないだろうか。
明確なビジョンを持つリーダーは、ビジョン実現のために犠牲も払う。そのくらいすばらしいビジョンだと信じているからだ。持っているビジョンが怪しいと、自信をもって肉を切らせることなどできないのではないだろうか。
私が大学の学部で学んだあるリーダーシップの条件の1つ。
「あの人は私たちのリーダーである」と認識されていること。
これが欠けているのではないだろうか、これはリーダーとフォロワーの責任である。
フォロワーとは、鳩山首相が日本のリーダーならば、私を含む国民全員であることは言うまでもない。