16,563人(*1)
新型コロナウイルスによって奪われた人の数である。
世界のあちこちで戦いの火ぶたが切られ、今のところヒトは防戦一方である。
一方でテレビではオリンピックの開催日や経済対策に話題が移っているが、まだウイルスとの直接対決は終わっていないのである。
一刻も早く日常を取り戻すには、ワクチンを待つだけでなく、できることがあるのではないか。
それは衛生のロジスティクスである。ウイルスと最前線で戦っているヒトを最大限支援するためのロジスティクスである。
ヒトが持てる武器は、除菌のための消毒液や予防のマスクだ。その他ウイルスにやられないためのノウハウなども供給し続けて欲しい。
2月下旬、昼休みにランチを買いにコンビニエンスストアに入ろうとしたら、12ロール1セットのトイレットペーパーを手に持ちきれないほど持って出てきた中年男性とすれ違った。
そんなにたくさんのトイレットペーパーを何に使うのだろうかと疑問に思ったが、それ以上は考えずそのままその日を過ごした。
翌日、トイレットペーパーに人々が殺到し、品不足になっているとニュースでやっていた。どうもネットの間違った情報発信から拡散したことが原因らしいという。
その時、昼休みに見かけた「トイレットペーパーの男性」のことを思い出し、「ああ、なるほど」と理由が分かった。
それから数日間経ってもトイレットペーパーの品薄状態は解決する兆しが見られなかった。
ニュースでは再三「トイレットペーパーのほとんどは日本製だし、倉庫にこんなに山積みになっているんだから大丈夫です」と喧伝していたが、効果は認められない状態が続いている。
なぜならば、これはロジスティクスの問題なのだから。
実際、トイレットペーパー騒動が始まってから3週間以上経った今もまだ解決されていない。
日本でトイレットペーパーを製造できなくなることや、現在の在庫がゼロになってしまうことや、海外からも輸入できなくなってしまうといったことを心配している人はほとんどいないだろう。
また漫然とした将来の不安からトイレットペーパーを買いだめしているわけでもないだろう。
多くの人が心配していることは、必要な時にトイレットペーパーが供給されないことではないだろうか。言い換えれば、トイレットペーパーのロジスティックスに不安があるため、各自あるいは、各家庭がロジスティクスの役割の一部を担うに至ったのである。
ロジスティクスとは、もともと軍隊で使われていた用語である。計画に従ってヒトやモノを調達、管理、補給する一連の活動のことである。
最前線で戦っている部隊に、武器や戦闘人員だけでなく、食料や医療なども適切なタイミングで絶え間なく補給し続けることがロジスティクスである。
敵と自身の力が互角ならば、ロジスティクスが先に途絶えた方の負けになる。
第2次世界大戦はロジスティクスの戦いだったとも言われる。いかに製造、在庫、運搬を維持するか、いかに相手のロジスティクスの要所を破壊するかが重要になったという。
そして日本の敗戦または長引いた戦いは、ロジスティクスを無視したことが最大の理由であったという。大変興味深いことだが、第1次世界大戦のときには、局所での戦略戦術、リーダーシップが結果を左右したことと対比すれば、点よりも面の戦いと言える。
トイレットペーパーに話を戻すと、確かにネットのデマに乗ってしまった最初の人たちは、製造や輸入の不安から行動を起こしたのであろうと思う。
しかしその直後「製造は問題ない、在庫もたくさんある」とテレビでやっているのを見ながらも、トイレットペーパーを買い求めた人たちがもっとたくさんいた。それはテレビを信用していなかったわけではなく、倉庫から家庭までのロジスティックスがない、あるいは脆弱だとの認識からとった行動であろうと思う。
家庭を清潔に保つためにはトイレットペーパーが欠かせない。そのトイレットペーパーは製造は問題ない、倉庫に在庫することも問題ない。しかし、倉庫から家庭までは約束された供給ラインが存在しないのである。だから自分が第2の倉庫となりストックしておくことで、家庭までの確実な供給ラインを確保するに至ったのである。
いまだ解決しないマスク、生理用品、消毒液の供給不足も含めて考えれば、新型コロナウイルスとの戦いは「衛生のロジスティクスの戦い」とも言える。
新型コロナウイルスと戦う家庭に、戦いに必要な物資が十分に届けられていない。だから皆、じっとしているしかないのだが、いつまでもそうしているわけにはいかない。全てを誰かが供給してくれないことも知っている。特に生活費、学費などすぐにでも自分が必要なものを手に入れるべく活動しなければならない。
せめて衛生のロジスティックスが盤石であれば、人々の活動の多くを抑制する必要性も低下するだろう。
ここに台湾の事例(2)がある。 ただし、成功事例と言うにはまだ早いだろう。CSSE(1)によると3月24日現在、感染者数が日本は1,128人、台湾は195人。人口比でみると日本より10%少ない。
台湾では新型コロナウイルスに関する情報が出回り始めた2019年12月ごろからマスクが徐々に店頭からなくなり、翌年1月には完全になくなってしまったというが、2月上旬にはマスクのロジスティックスを確立したという。
政府がマスクを買い上げ、輸出を停止し、販売経路を薬局に限定し、どこに何枚マスクがあるのかを管理できるようにした。さらに1人が購入できるマスクの数量を制限し、購入しようという人には保険証の提示を求めた。
特筆すべきは、マスクがどの薬局に何枚あるのかをホームページで公開したことだ。これにより不安を解消し安心も提供することができたのだ。マスクマップも提供され、市民は盲目的にマスクを求め歩かなくてもよくなった。
2月上旬に台湾に行ってきた人によると、「こんな時期に中国大陸からやってくる人も多い台湾にいくなんて」と言われたが、実際には衛生の戦いは台湾の方が日本よりも大きく勝っていたという。
多くの人がマスクを付け、商業施設やホテルの入り口では体温検査と手の消毒が徹底されていたという。
なので、帰国したときには世間の無防備さに身の危険を感じるほどだったそうだ。
ある時点では自粛も有効だろうが、長い戦いにおいては衛生のロジスティクスが最重要である。
日本は幸いにして水の供給は十分である。じゃぶじゃぶ使える。これは本当に感謝すべき貴重なインフラである。
だからといって単に手洗いとうがいだけというのは原始的過ぎるし、人との接触を避ける世界は無味である。
人々が従来の活動を止めることなく、新型コロナウイルスに打ち勝つ方法は、衛生維持のためのあらゆるロジスティクスの確立が今求められている。
出典:
*1: Coronavirus COVID-19 Global Cases by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins University
(https://gisanddata.maps.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html#/bda7594740fd40299423467b48e9ecf6)
*2:「大混乱を回避、台湾の知られざるマスク事情 政府が買い上げ、マスクマップで在庫確認」東洋経済ONLINE
(https://toyokeizai.net/articles/-/334652)