2006年 5月 の投稿一覧

MBA取得をめざすのに良い時期

MBAの取得をするなら独身のときにしておけば良かったかな、と思ったこともありますが、総合的に考えれば私にとって今が一番よい時期ではないかと思います。

20代はただがむしゃらに仕事上必要なITスキルを身につけることに専念しました。その時点で経営についての経験はほとんどありませんでしたから、勉強をしてもそれほど多くのコンテクストは得られなかったでしょう。

30代に入ってからまじめに英会話を学ぶことに多くの時間を使いました。最低でも毎日2時間くらいはやったと思います。そして英語でコミュニケーションがとれるようになってくると、海外での仕事にチャレンジしたい、アメリカのビジネスを見てみたいという気持ちが沸いてきました。
しかし、いきなり例えばアメリカへ行ってもすぐに就職できるわけではないし、私はマネジメントに興味がありますから、それじゃMBAを取りにアメリカかイギリスへ行こうかとも考えました。MBAと英語の勉強を両方同時にできるのではないかと思ったからです。
また、実際に経営関連の本を読むたびに、実務上のマネジメントと非常に強くリンクする経験が多くありましたので、これはもっと勉強がしたいな、と思いました。
でも私にとって家族と仕事は最優先ですから、仕事をやめて学校へ行くという選択肢はありません。学校へ行くなら働きながら、です。

今は子どもはまだ0歳ですが、今後は年を増すごとに、いっしょに遊んだり、話を聞いてあげたりする時間もより重要になってくると思います。今ならまだそんなに一緒に遊べないですから、本を読む時間が比較的たくさん取れます。

そこで、日本にも英語でMBAの講義を行うところがありますからそこも検討しました。しかし、いくつかMBAの学校を見学したり、自分でも勉強をすすめるうちに、日本語の学校の方が、自分にとってメリットがあると判断しました。
理由は2つです。
1つめは、日本語による講義、討論の方が理解が深い。
2つめは、日本の経営環境には優れたところがあるから、日本の経営についても学びたい。
ということです。

人それぞれ適した時期があると思いますが、私にとってはこの今が良い時期だと思いました。

チーム間の人事評価と処遇の公平性

ある私の部下が部署を異動したいので了承してくれ、と願い出てきた。
上司が了承すれば、本人の希望により異動先の長と面接をして、OKが出れば異動できるシステムがあるからそれを利用したいということだ。
唐突だったので、その理由を聞いてみた。「マネージャとしての仕事がしたい、今の仕事には限界を感じる」ということであった。私には理解できない。私は彼がマネージャになりたいということを知っていたので、どんどんそうなれるように仕事を任せるようにしてきていた矢先だったからだ。そこではそれ以上拉致があきそうになかったので、少し日をおいて2日後に再度話し合うこととした。

2回目の話し合いで、ようやくその真意を聞き出せた。話し合いではコーチングを心がけた。コーチングは戦略をもって行うことが必要だ。私は彼にとってベストなソリューションならば、異動することは一向に構わないし、むしろそれをサポートしたい。
しかし、彼はまだ、すぐにマネージャとしての仕事をできるレベルには達していないし、他の部署に異動したら今よりも遠回りになると考えている。状況をまだきちんと把握できていないので、ゴールは決めていなかったが、真意を聞き出すことが最優先だと考えた。何か希望要望があるはずだと思った。

時間をかけて多方面から質問を投げかた。「5年後、10年後の自分自身のビジョンはあるか」「やっていて楽しい仕事と、そうではない仕事は何か」「これからやりたい新たな仕事はあるか」「身近にこうなりたいという人がいるか、いるなら誰か」「お金、地位、仕事内容で今一番欲しいものはどれか」など。
そしてわかったことは、隣の席に座っている別のチームの同僚が昇進したのに、自分が昇進しないことに不公平を感じていたことだ。その同僚は仕事中はだいたい時間に余裕があり、技術的な勉強をよくしている。一方自分は非常に仕事が多く、勉強する時間なんて到底ない。自分の方が何倍もたくさん働いているのだからその同僚よりも先に昇進していいはずだ。なのに先を越され、こんな不公平なところではやっていけない、給料はいいから昇進したいというのだ。

私は次のような事を話した。
私はその同僚の仕事を全て見ているわけではないから、全てを知らないし、あなたが主張している通りかどうかもわからない。しかし、明確に言えることは、マネージャは自分が担当する仕事において全責任がとれる人だ。私から見てその人はそれを実践していると思う。それについて同意できるならば、今のチームを例えば半年後に全て任せられるようにサポートする。
人事評価は成果主義であるから、仕事の量や時間だけでは判断されない。
マネージャになるには働き方のパラダイムを変える必要がある。

人事評価と処遇は非常に難しい。しかもチーム間の公平感、結果に対する納得感を持たせることはもっと難しい。だが非常にありがちなことだ。よく私の上司とも話し合って、納得感を高めていきたい。

最後に、もう一度自分の幸せについてよく考え、どうしたいのか決めるように話して終了した。
私は優秀なリーダーをたくさん育成していけるなら、それは幸せなことなので、やる気のある人はどんどん育てていきたいと思う。よく納得はしていたが、また明日フォローしようと思った。

寄り道したところに原石がころがっている

寄り道したところで結構いいものを見つける講義がある。
松浦先生の講義だ。実は私は入学する半年前から松浦先生の講義に参加している。

MBAをどの大学で学んだらいいかと複数の大学で10回くらい授業の見学をしていた。
そんなある日、松浦先生の授業見学をし、終わった後、お礼を言って帰ろうとしたら「また来てもいいよ」とだけ松浦先生に言われた。その意味が良くわからず「それは次回から毎回講義に参加してもいいということですか?」と確認してみた。「そういうことだ」と返事があった。タダで参加できるなら利用しない手はないと思い、「ありがとうございます。それじゃよろしくお願いします。」とすぐに約束を取り付けた。

寄り道をしたが、寄り道の話を続けよう。
松下電器での話しだ。松下幸之助は親族の入社を認めたくなかったそうだが、奥さんと娘さんのプッシュにより認めざるを得なかったそうだ。それであとでいろいろ大変だったらしい。
また、『メディアの支配者』に書いてあるが、フジテレビグループの元議長が亡くなった後、その奥さんが経営に介入しようとこれもかなり大変だったようだ。

結構、社長や元社長の奥さんが経営に介入してくるような話は聞くな、どうしてだろう。私は松下電器の話を聞いたときそう思った。
結局は 金 だ。節税対策のために、創業者の資産や起業した会社の株を妻の名義にするケースがよくある。特に厄介なのが株だ。その創業者の死後、妻は大量の株を持っているわけだから、経営に介入することができる。しかも、創業当時から夫も自分の生活も共にして事業をしてきているのを見ているから、会社をまるで自分の持ち物のように思ってしまうのだ。いや、確かに株を持っているから所有権も認められるのだ。
ということで、口を出す権利もあるし、自分のモノだから、自分の子どもや孫のために会社を利用したくなる。保養所があれば自由に使いたくなる。でも、親族がいきなり経営陣に参加してきたりするとなると衝突は避けられないだろう。

ということで、もし、私が会社を設立したなら、節税はできなくとも妻名義の株は持たせないようにしよう、と思った。それは妻の幸せのためでもあるし、働く人々のためでもある。

コンテンツとコンテクスト (by 原田)

MBAクラス ビジネスモデル論で、原田保 『組織能力革命』 同友館、今井賢一/金子郁容 『ネットワーク組織論』 岩波書店 あたりを使って、組織能力 (Capability)についてプレゼン+討議を行いました。

今回は経営の分野では聞きなれない単語が多く、本を読むのも辛かった。。。キーワードは Synchronicity、Improvisation、Receptor、Genetic、Trigger、Leverage、CSR の7つ。

私にとってためになったのは、CSR。
CSRとは、Corporate Social Responsibility。企業の社会的責任を問う内容。CSRという言葉はちょくちょく聞きますがいまひとつ腹に落ちませんでした。でもこの講義でよく理解できました。

クラスにシャープで働いている方がいらして、シャープのCSR取り組みについてプレゼンしてくれました。シャープでは、太陽光発電の技術があるから、それをたくさん売ることで企業のCO2排出量を上回る発電量を実現することが目標だということでした。
また、CSRに反する事例としてNIKEの下請け会社が子どもを工場で働かせて利益を搾取していたことがあげられました。その会社の行動だけではなく、取引先をも含めた企業の行動が問われます。取引先をよく調査監督しないと、不買運動などのリスクが発生します。

さて、ここまではわかりました。いかに社会貢献するかということです。
でも企業って社会貢献して成り立っているものではなかったのか?という新たな疑問。問題はその裏で大量消費や略奪により成り立っているケースがある、ということです。表向きは人のため社会のためといっておきながら、裏では大量の石油を使ったり、大量の産業廃棄物を海に捨てていたり、後進国で過酷な労働を強いていてはCSRを果たしていないということですね。

まとめますと、企業が提供する製品・サービスはコンテンツ。そのコンテンツにコンテクストを乗せて世にだすことがCSR。例えば、世界Shareを1番とるということ自体がCSRを果たすことになります。

スモールワールド・ネットワーク

例えば有名人など、一度でいいから合って見たいという人はいますか?
もしいるなら会えます。しかもあなたの知り合いの紹介があれば会えます。

まず、あなたの知り合いの中で、その会いたい人にもっとも近そうな人を考えます。そしてその人に、また他のもっとも近そうな人を紹介してもらいます。そのように紹介を6回繰り返せば会えるそうです。

なんと世の中は狭いもので、これを「スモールワールド・ネットワーク」といいます。ダンカン・ワッツとスティーブン・ストロガッツという2人の数学者が1998年にネイチャー誌に発表した論文です。あなたから6人のリンケージで世界中の人に辿れるというものです。
よく、口コミの効果の大きさが話題になることがあります。
悪い評判と、すごーーーーーくいい評判は口コミで伝わりやすいですね。ちょっとでも悪いことはすぐ他の人に伝わるけれども、ちょっとくらいの良いことではなかなか伝播されません。でもすごーーーーーーく良い、気分の良い、感動する経験はバーと広がります。
ということで、これの応用としては、多くの人に満遍なく90%の満足感を与えるよりも、ほとんどの人は85%くらいの満足感で、ときどき6人くらいまで伝播するような120%満足感の経験を顧客に提供すれば、世界中の人に伝わる、といえるかもしれません。(念のため、満足感の数字に根拠はありません。。。)

あるデパートでの話です。
お客様が「新品のタイヤなのに不良品だった」ということで返金を求めたそうです。それを聞いた店員はすかさずお客様の求めに応じたそうです。お客様はお金を受け取り帰りました。
しかし、そのデパートではタイヤは販売したことはなかったそうです。

この話題は多くの本で目にします。このように衝撃的な話は多くの人に伝播するものです。

知識のいもづる

原田保『組織能力革命』同友館 を読んでいたら、「ガイア仮説」がでてきた。
ガイア仮説とは『地球は、その上で多数の生命が共進化してきた結果、1つの生命体として機能し、保持されている』というもの。つまり、地球は1つの生命体で、地球上の空気、大地、人間などはその一部として機能しているに過ぎないということだ。これはこれで非常に興味深いのだが、私は「ガイア」に反応した。

「ガイア」とは何だろう。早速調べてみた。「ギリシャ神話の大地の女神、カオスの娘。ウラノスの妻。クロノスとタイタンの母。」とのこと。さらに「ローマ神話のテルス」とある。

またさらに疑問が増えた。ギリシャ神話とローマ神話の違いは何だろう。
ギリシャ神話とは『前2000年ごろ、ヨーロッパでもっとも早く文明化した古代ギリシャ人の信仰や儀式をあらわした神話。主に神々に関する多様な物語と伝説からなっている』。
ローマ神話とは『建国伝説の時代からキリスト教を国教とみとめるころの時代まで、古代ローマ人が保持し、実践していた超自然的な事象に関するさまざまな信仰や儀式をあらわす神話。初期ローマ人固有の宗教は、のちの時代にさまざまな信仰が混入したり、ギリシャ神話の影響を受けて神々を擬人化したりしてかなり変形してしまった。ギリシャ神話と同化している』

大地の女神(ガイア)は、天地創造以前の混沌を象徴した神(カオス)から生まれた。
そして、天空の神(ウラノス)と結婚して、収穫の神(クロノス)と巨人族の神(タイタン)を産んだそうだ。

日本書記に似ているな、と思い。以前読んだ本を引っ張り出してもう一度読んでみる。
天の神(いざなぎの神)と地の神(いざなみの神)は日本を作り、岩の神、砂の神、風の神、火の神などを作った。いざなみの神は自分が作った火の神(ひのかぐつちの神)により命を落としてしまう。そしていざなぎの神から日の神(天照大神)、海の神(すさのおのみこと)が産まれる。。。

ホワイトカラーとは違うナレッジワーカー

ナレッジワーカーが注目されつつある。ナレッジワーカーはホワイトカラーとは違う。
これまでは、労働者をホワイトカラーとブルーカラーに分けていたが、さらにナレッジワーカーが加わり3タイプに分けられる。
ナレッジワーカーは日本語で知識労働者。ナレッジワーカーはただ知識を持っているだけではなく、知の編集能力を持った労働者のことだ。一方デスクワークをするだけの労働者はホワイトカラーだ。

例えば、最近のテレビや雑誌はプロデュースしているだけで、自社でコンテンツを作ることはほとんどないそうだ。コンテンツの作成はアウトソースしている。プロデュースは正に知の編集である。
自分たちは例えば「最近投資ブームだから、それを題材にした番組を作ろう。冒頭ではデイトレーダーで儲けた人と損した人を紹介して視聴者をひきつけ、それぞれ何が原因でそうなったのかインタビューした内容を放送し、中盤ではネット取引を持ち出し、最後に今後の景気予測や格差社会を展開して、皆が投資をしなければならないと思わせるようにしよう。」といった構成を考え、インタビューが必要ならそれをアウトソースしている会社に依頼し、ネット取引の実態については別のアウトソーサーに取材させ、格差社会についてはどこそこの大学教授のインタビューをこれまた別のアウトソーサーに依頼する、といった感じだ。

ナレッジワークはどの会社でも必要だ。みんなこのような経験はないだろうか。
会社で同僚が顧客と電話で話している。何か問題を抱えているようだ。後でその同僚と話をしてみると、以前自分も経験したことがある問題だった。解決策をそれぞれ出し合っていくうちにいいアイデアが生まれる。それを実戦してみたらうまくいった。そこで、その問題と解決策を他の同僚にも話してみる。するとそれは徐々に広まり皆同じように行動し、問題は問題ではなくなった。
これはナレッジワークの1例である。これはSECIモデルになるのだが、問題を感知し、話し合うことで明るみに出す。そこから実効性のあるアイデアをドキュメント化してまとめ、他の人にも広げる。
ホワイトカラーは明るみに出てドキュメント化されたものを読み正確に実行するだけだ。

ナレッジワーカーもホワイトカラーも最終的には同じ仕事をするかもしれないが、そこにいたるプロセスは大きく異なる。
会社にとって重要な人材は、価値創造ができ、代替性が低く、模倣困難性の高い人だ。マニュアルを読んで実行するだけでよければ簡単に入れ替えができる。しかし、効果あるマニュアルを作成できる人は簡単には入れ替えができない。

ナレッジワークは資本(お金)を必要とせずにお金を稼ぐのだ。
既に、ほとんどの企業の、株式の発行数x株価による価値は、その企業が所有する資産よりも多い。それは無形資産が含まれていることを意味する。
そして労働市場においても価値があるから、ホワイトカラーよりもナレッジワーカーの方が給料もよくなる。

SECIモデルについては、野中郁次郎・紺野登『知識経営のすすめ―ナレッジマネジメントとその時代』ちくま新書、野中郁次郎・竹内 弘高・梅本 勝博『知識創造企業』東洋経済 がお勧めです。

72の法則

お金が2倍になるのに何年かかるか簡単に計算できます。
72を年率で割って出た答えが、元本が2倍になる年数です。または72を年数で割って出た答えが、元本が2倍になる年率です。
例えば、
年率3%の場合、72÷3=24 なので、元本が2倍になるのは24年間かかる。
元本を10年で2倍にしたいなら、72÷10=7.2 なので、年率7.2%で運用すればよい。

もう少し応用すると、インフレが年率3%で進んだ場合、たんす預金しておくと、72÷3=24 で24年後には元本の価値が半額になるということがわかります。

この10年はデフレが進んでいますが、過去40~50年はだいたい年率3%でインフレになっているそうです。景気は上向き始めていると言われていますが、そうするとインフレが進みますから、インフレを上回る投資をしなければマイナスになっていきますね。

戦略はchoiceだ (by 嶋口先生)

MBAのクラス、楽しかったなー、今日も。
今日の戦略的マーケティングでのケースメソッドはゼロックス。
1980年代にゼロックスが顧客満足を追求して復活し、そして次にどうするか、ということをディスカッションした。

毎回思うが、皆いろいろな意見を持っている。
「3つあるうちのどの製品保障を選択するか」というQuestionで、各人が役員になったつもりで1つ選択した。
クラスは3つにわかれた。それぞれがそれぞれの論理的な意見をもとに選択した結果だ。またさらに興味深いことに選択した製品保障が同じであるにもかかわらず、その理由がまた人によって違うのだ。
それぞれきちんと裏づけのある理由だ。
ここでは実行段階にまで踏み込まなかったが、もしそうなったとすると、そこでもまた意見が割れるんだろうな、と思った。

ところで「戦略はchoiceだ」とは、良さそうな案が複数あった場合でも1つだけを選択し、一方で何かを捨てる、ということ。あれもこれもだとfocusがぼけてしまうから。
例えば、危機的な状況にある企業が、戦略的に顧客満足、利潤、マーケットシェアの内どれかを選択する決断をしなければならないとする。その場合に顧客満足を選択できるだろうか。顧客満足を選択するということは、結果的に利潤やマーケットシェアを落としたとしてもそれは仕方がないし、誰の責任も問われない、ということだ。
企業の原則に立ち戻れば「顧客満足を追求する」ことこそ永続性が得られる選択なのだ。

ドラッカーも『企業とは何かと聞けば、ほとんどの人が営利組織と答える。経済学者もそう答える。だがこの答えは、間違っているだけでなく、的外れである。・・・実際には、企業は高い利益をあげて、初めて本当の社会貢献を行ったことになる。』といっている。

EQが創る場と関係性

野田先生、熱い。話しているうちに情熱的になってくる。
野田先生はよく言う「人事ではやる気をいかに引き出すかが大切だ。方法は何でもいい。」
授業でもそれを体現しているのだ。
野田先生に限らず、多摩大学の先生方はみんな熱い。それがこの大学に決めた理由のひとつだ。
高いコストをかけてわざわざ大学にいかずとも、知識は身につけることはできる。
重要なのはその知識を使って創造する「何か」だ。創造をかきたてる授業が”私にとっては”ある。
これは合う人合わない人がいるでしょう。”私にとっては”この場がフィットしているということだ。
私は、私と相手(大学院、先生、学生など)との関係でアウフヘーベンが起こる場が創れるといいな、と思っている。

さて、学部のときに抱いていた先生に対するイメージとはまるで違う。
大教室でたくさんの学生がいて、先生は遠くで淡々と本の解説をする、それが私が学部のときのイメージであった。
しかし、よく思い返せば、ゼミの授業のときの関口功先生は違った。語るうちに熱っぽくなっていったのを覚えている。少し興奮気味だった。大教室での先生とまるで違うから、友達と驚きを共有したのを覚えている。
よくよく考えると、実は本当は先生方はみんな熱いのかもしれない。聞き手のレスポンス、何かを身につけてやろうというやる気が先生を熱くして、熱くなった先生を見て聞き手もまた熱くなる。先生と学生の関係性がお互いを楽しくしているのだろう。

それが昔、私が学部の時に知ることができたら。。。。そういう意味では学部の4年間の充実度は、この2年間分にも満たないような気がする。もったいないことをしたなー、あの頃の私はEQが低かったなー、としみじみ思う。
ま、とにかく今を一所懸命やるしかない。一度きりの人生だし。