小山内 裕

会社では、ハリボテを作っている方が喜ばれる

東日本大震災とともにおこった東電福島第1原発の危機。
ニュースで報じられるごとに、メッキが剥がれ「形だけの仕事の積み重ね」が浮き彫りになってきた。
原発も、運用も、組織も、危機対応時には役に立たない、中身のないハリボテ、だったということだ。

この「ハリボテ」の話をする前に、情報システムの変更に伴うリスクマネジメントの事例を紹介したい。

私が社会人3年目のころ、コールセンターで、情報システムのユーザー代表を任されていた。
CRMシステムのリプレイスが決まり、そのためのプロジェクトが始動した。
その情報システムは、顧客にサービスを提供するために必要不可欠であり、顧客対応における効率化にも貢献していた便利な「仕組み」であった。

もしリプレイスに失敗すれば、便利な仕組みを失い、顧客に効率的で正確なサービスの提供ができなくなる。良くてもコールセンター自体の処理能力が半減することは容易に想像できた。
当時、確か100人くらいのオペレーターがいたが、生産性が半減するということは人件費が倍になるという計算である。

当時の私にはシステム開発とはどのようなものか想像もできなかったが、プロジェクトの過程で、「これはうまく行きそうにもないな」と直感した。
新しいツールに対する要求が複雑で、(私から見て)些細なこだわりが多いのに、開発側がそのほとんどをそのまま網羅しようとしていたからだ。
テスト段階の画面は、まったくクールさがなく、完成したらどうなるのかと思っていたら、それが完成版だと聞かされ、これはダメだと確信した。

そこで私は利用者側のリスクマネジメントを開始した。
起こりうる問題を列挙し、業務に与える影響度合いを定義し、それぞれの対応手順を定めた。
最悪のシナリオは、顧客情報を参照することさえできないというもので、その状態が3時間を超えたら直ちに前のシステムに戻すということにした。
了承すべき人も明確に定めた。
またシステムが利用できない間のオペレーターの顧客対応方法についてもまとめた。
最後に、いざとなったときに前のシステムに戻すという決断を躊躇してしまうだろうと思われた。
サンクしたコストを取り返そうという力が働くと思ったからだ。
なので、関係者全員に説明し、事前にすべて了承を得ておいた。
この段階で私のことを「めんどくさい奴だ」と思われているだろうな、という感じがあった。
でも私はこれをハリボテで終わらせるつもりはなかった。このハリボテとは、見せかけのルールのことである。
とりあえずルールを決めておくが、どのタイミングで誰が判断を下すのかなど、具体的なことを明らかにしておかないことである。

そしていよいよシステムをリプレイスする日がやってきた。
朝9時の営業開始とともに一斉に電話が鳴り、オペレーターらはシステムの操作を始めた。
その途端、新しいシステムは応答しなくなった。オペレーター全員が、顧客情報を参照することすらできないのである。
開発側はすぐさま原因の追究にあたったが、3時間を経過してもその手がかりすらつかめなかった。
前のシステムに戻すという最終決断を迫られたとき、事前に説明を聞き了承していたにもかかわらず関係者の間で躊躇があった。
「本当に戻すの?」「戻してもいいの?」と。またもルールがハリボテになる危機に直面した。
だがここは心を鬼にしなければ、結局お客様に迷惑がかかる。ということで、リスクマネジメントのマニュアルを盾に(というか槍にして)元のシステムに戻させた。
結局、原因が判明し、解決できたのは数日後だったので、元のシステムに戻すしかなく、タイミングとしても最適であったと言える。

さて、東電の福島原発の問題に話を戻すと、こんな話があった。
3月12日午前1時30分、官邸は正式にベントの指示を出したが東電は従わず、首相がヘリで現地まで指示を出しにいった。
それでもベントが始まったのは午前10時17分。しかし間に合わず、午後3時半すぎに原子炉建屋が水素爆発で吹き飛んだ。
「原発崩壊」の始まりだった、という。
(毎日jpより http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/news/20110404k0000m010149000c.html?inb=yt )

なぜ東電はベントを開始するまでに9時間もかかったのか。想定されていた事態で、マニュアルにも記載されていたのに、想定したとおり動かなかったのだ。
これしか選択肢がなく、迷うまでもない対処なのである。
だが、東電は動かなかった。日本の原発で前例がなく、放射性物質が外部へまき散らされる可能性があったため、躊躇していたというのである。

さらに、その決定権は東電にあると定められているのに「一企業には重すぎる決断だ」と、この緊急時になって自己保身ともとれる行動に出たようだった。

ハリボテの仕事、ハリボテのマニュアル、ハリボテの決断。中身、芯がないのである。

長靴はかず足に放射能が着いて作業員2人が被ばくした問題もハリボテのせいである。
http://mainichi.jp/select/science/news/20110325k0000m040101000c.html
安全に作業するためのマニュアルがあったのに、それが守られていなかったという単純な理由である。
なぜマニュアルで定められているのか、その理由を体で理解していないのである。

結局、マニュアルはハリボテだったのだ。人を守るためには使われなかった。
マニュアルを作成したら徹底した教育が求められるのは、ハリボテにしないためのプロセスなのだ。

芯さえしっかりしていればマニュアルはなくとも、最低限のところは何とかなるものだ。
芯がないからマニュアルがあっても最低限のところが守れない。
芯とは、考え方、モノの本質である。
そう思う。

リスクマネジメント-自分の身は身分で守る

リスクマネジメントとは「備え」であり、備えとは、最悪の事態を想定した対応であることを書いた。
今日は、前半は地震について、後半はビジネスを前提にして考えてみたい。

今回の東日本大震災では誰もが、さまざまな困難に直面している。
この困難はまだ序の口であるのは明確だ。
リスクマネジメントの立場から考えると、「怪我や人命に関わること」が最悪の事態で、継続的に活動する必要がある。

まずはその可能性を可能な限り除去することが第一であろう。
地震や津波そのものによるものの他に、原発から大量の核が漏れる、鉄道のホームで人が殺到する、水や食料が不足する、といったことも考えておく必要がある。

原発の状況について、今は必要な情報は開示されていると思っているが、3月15日時点では過小評価に基づいた情報開示であると考えていたため、私は倍以上を前提にしていた。
例えば、退避地域が半径10キロと公表されたら、20キロ以上が妥当であろうというように。

食料も何もなくなることを想定して、缶詰を家族用3日分用意した。これを1週間食いつなげられれば、その間に何とかできるだろうと。
リスクマネジメントは、ビジネスについても同じである。
個人の身の安全の延長線上に位置する。
身の安全を顧みずに事業の安全はあり得ない。

繰り返しになるが、リスクマネジメントとは、最悪の事態が起こった時でも自分の身は自分で守れるようにしておくことがポイントであろう。ここでいう自分とは、会社単位、組織単位、職能単位、個人というレベルがある。

ただ、現実はさまざまなコストとの勝負になるから、万全は難しい。
すべてを守ることはできない。何を守り、何を諦めるのか明確にしておく必要がある。
損害を自分で被る心構えもしておかないとならないということである。
それが嫌なら保険を掛けるなどして、あらかじめお金でヘッジしておくしかないだろう。
お金が出せないなら、最悪のケースは諦めるのが最良。責任の所在を議論していたら、復興は進まないので。

また、損害を被った時にどうやってリカバリーするか、その方法を確認しておくだけでもいい。
自分でできるようにしておくことが一番だが、専門性が要求されるものはそうもいかないかもしれない。
だが、最悪の事態になり、復旧させるときにお金を払って専門家にやってもらえるなら、かなり良い。

情報システムでよくあるケースだが、中身がブラックボックスに近い場合、最初から作った方が早いという場合もなくなはい。
顧客情報などのデータだけは作れないので、バックアップは必須である。csvで出力しておくだけでもいいが、その媒体は60キロ以上離れた場所に保管しておくことが望ましいという話しを聞いたことがある。
データセンターでそれは標準のサービスになっていることが多い。
リスクマネジメントは一過性のものではなく、日々の積み重ねである。
最悪の事態が起こった時に、自社で守れるようにしていないものは、最悪諦める対象であるというのが経営トップからのメッセージとなる。

事業の継続に不可欠なものが見落とされていないか、外部の人間を交えて、議論しておくのもいい方法だろう。

「備え」-最悪の事態を想定すること

青森県から静岡県に引っ越し、転校したのは小学6年生の9月1日であった。
真っ先に戸惑ったことは、地震への備えの違いである。
教室に入ると、皆、椅子にサブトンを敷いて座っていた。
すぐ後に気づくことになったのだが、それはザブトンではなく防災ずきんであった。
新学期初日でもある9月1日は防災の日、避難訓練が始まったら、皆、防災ずきんをかぶって校庭に集まった。
何もかぶっていないのは私だけであった。

防災ずきんを常備している学校は静岡県外にどれほどあるだろうか。
私が引っ越した先の長泉町というところは高い建物はほとんどない。学校は山の上にあり、自宅までの間も道幅は広く、上から落ちてくるものはほとんどない。
それに比べたら首都圏は、何も落ちてこない方が不思議なくらい頭上にはたくさんのモノがある。
青森での避難訓練は、校庭に生徒が集まって校長先生がお話しして「ハイ、終わり。教室に戻りましょう」だった。
しかし静岡では違った。地域別にグループになり、そのまま生徒だけで集団で帰宅するまでが防災訓練なのである。
それを知らされていなかった私は慌てて教室にカバンを取りに行ったことを覚えている。

この地域別のグループはさらに10人程度の小グループに分けられている。
このグループは防災訓練のときだけでなく、毎朝一緒に学校に通うグループでもある。
だからイザという時にだれがいて、だれがいないのかがわかるようになっているのである。
緊急時、生徒らは数では圧倒的に少ない先生方をあてにはしていられない。
自分のたちで確認して適切な行動をとらなければならない。
「自分の身は自分で守る」ことが大原則なのである。
今回の地震を経験して改めて考えた。
備えは何もしていなかった。
今からでも遅くはない。備えておこう、と思った。
これはまさにリスクマネジメントである。

リスクマネジメントとは、最悪の事態が起こった時でも自分の身は自分で守れるようにしておくことがポイントであろう。

知識は何種類あると思いますか?

知識」と呼ばれるものを思い浮かべてみてください。どんなものがありますか?

代表的なものは、本から得られる知識、学校の授業で教える知識、インターネットを検索して得られる情報、政府が発表する調査結果データなどですね。

では、言語はどうですか?
英語が話せる能力は、単語や熟語、文法などの知識の結果でしょうか。
ということは、単語や熟語、文法をたくさん知っていれば英語が話せるようになるということでしょうか。
でも、単語や熟語、文法をほとんど知らない子どもでも、日本語を話すことができます。
ということは、単語や熟語、文法も必要ですが、それらとは別の知識もありそうですね。

「それらとは別の知識」とは何でしょうか。
よく「海外で3年も暮せば英語はペラペラになる」なんて言いますが。。
それは「経験」ではないでしょうか。
広い意味で「経験」も知識の内なんです。

これからお話しする知識については、世界的にも確固たる地位を得ている野中 郁次郎の『知識創造企業』 の最初の部分だけでも読むことをお勧めしますが、私の経験を交えながら簡単に紹介いたします。

知識には、目に見える形式知と、体で覚えるような暗黙知があると言われています。
知識は形式知になったり、暗黙知になったりしながらスパイラル的に向上していくというのです。
(「スパイラル的に向上する」ということについては深い議論になるのでここでは割愛します。)

問題にすべきは「暗黙知」です。
自分はわかっているから、他の人も知っていて当然、できて当然、話せばわかる、という性質のものではありません。
他の人にはわかりません。

何か人に依頼する場合は、暗黙知を形式知化しない限り絶対に伝わりません。
形式知化とは、文書にするとか、口頭で説明するということです。
例え話しで、長嶋茂雄がバッティングを教えるときに「ボールがビュッときたらバシッと捉えてスッと打つんだ」と彼が持つ暗黙知を、彼なりに形式知化しようとしているのですが、教えられている方は何もわからないというのがあります。

特に感覚的な暗黙知を形式知化するのは大変な努力が必要です。
この暗黙知を認識していないと大変なことになります。
・簡単なことだから、わかる人にはわかるはずだ、と外注コストを低く見積もり過ぎたり。
・数回説明しただけであとはわかるだろうと、仕事を丸投げして、結局意図したものができなかったり。
・できたものに対して、「ダメだ直せ」といっても、どこをどう直していいのか伝わらず、いつまでたっても出来上がらない。
などなど。あげればいくらでもあります。

結局、自分にしかわからないことは自分がやるしかありません。
さもなくば、暗黙知を形式知化する労力を惜しまないことだと思います。
これは時に膨大な時間と労力を必要とします。自分がやった方が早いとさえ思えるでしょうが、自分に時間がないならば人にやってもらうしかありません。
それこそ付きっ切りで伝えるくらいに腹を決めておくことが必要かもしれません、ね。