USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)について話す前に、イノベーションについての理解を確認したい。
イノベーションには、プロダクト・イノベーションと、プロセス・イノベーションの2つがある。
前者は組織が提供する製品やサービス自体の変化であり、後者は組織が提供する製品やサービスが創造され利用者のもとへ届けられる方法の変化である。
分かり易い例を出すと、プロダクト・イノベーションは、
・小型でパソコン並みの性能を備えたインターネット デバイス AppleのiPhone
・歩きながらステレオ音質の音楽を聴けるミュージックプレーヤー SonyのWalkman
プロセス・イノベーションの例は
・必要な時に必要な量の部品を発注することで在庫リスクを小さくするトヨタのカンバン方式
・顧客全員にオーダーメイド パソコンを短期間で販売した デル のダイレクト・モデル
これらイノベーションのサクセスストーリーは華やかであるが、実際にはイノベーションを起こさせることはほとんどマネージ不可能であると言われている。つまり、やろうと思ってできるものではない。
それでも競争優位を確保するためであったり、戦略上のポジションを防衛するためには圧倒的な「競合との差異」が必要である。自分の会社がやらなければ、競合企業がやる。だから先にイノベーションを起こさなければならない。
飛躍的なイノベーションこそやろうと思ってできるものではない。だからといって何もしないことは終わりを意味する。
そこで、漸進主義的なイノベーションに期待したい。
漸進主義とは、創発的にトライ・アンド・エラーを繰り返すことである。またすべてをマネジメントの決定に依存せずに、ケース・バイ・ケースで効果的な対処を目指しながら、組織の中で発生する暗黙知を形式化していくことである。
漸進主義とは、つまりイノベーションそのものなのである。
前振りが長くなってしまったが、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)に行って、そこで働くクルーたちが10年間かけて実行してきたプロセス・イノベーションを実感したのである。
私はUSJに何の期待もせずに行ったのであるが、その変化に何度も自分の目を疑った。けれども、何度確認してもすっかり生れ変わったUSJしかそこにはないのである。
私が初めてUSJに行った頃の話し。
2009年ごろで、日本でオープンしてから8年が経過したころだった。
みな我先に入場し、アトラクションに並び、園内を走り回っているのを多く見掛けた。
雰囲気は騒々しく「まったく差別化されていないただの遊園地」で素直に楽しめなかった。
東京ディズニーランドにある「空気」と同じものが楽しめるだろうと勝手に想像して行ったので、そのギャップの大きさにがっかりしたのである。
そういうこともあり、2回目である今回は、特に期待せずに行った。
我先にと無理無理前に列に入ってくる他の来園者のお陰で嫌な思いをする覚悟はできていた。
まったく違った。
すぐに気づいたことは、あんなに無節操だった来園者たちは、USJの意図によりマナーが飛躍的に向上していた。
世界的にもマナーが悪いと言われる中国の方々でさえも、いい意味でその存在に気づかないほどに紳士淑女的だった。
USJのクルーが「並んでください」とか「ゆっくり歩いてください」などとは注意はしていない。作り上げられたパーク内の施設や空気、クルーのさまざまな配慮が、世界じゅうからやってきた人たちを1つのマナーに従わせているのである。
来園者は見事な建築物、ディスプレイに何かを発見することや、笑顔で手を振るクルーに応えたりすることでも十分楽しめるから、アトラクションに乗ることに命をかけなくなったのであろう。
ウォーターワールドは前回も観覧した。記憶に残るほどの感動はなかった。何が大きく違うのかはっきりとはわからないが、今回は特に水上バイクのアクションに目を見張った。
恐らく、来園者の反応を見ながら少しずつ演出を変化させてきたのであろう。
臨場感ある映像と乗り物を同期させたスパイダー・マンやハリー・ポッターなどはまさにプロダクト・イノベーション。
だが、それと同等のプロセス・イノベーションが伴って、来園者の満足度がさらに高まる。
入園料は税込8,900円で、ディズニーランドのそれを大きく上回る。それでも集客できているのだから相当な実力を持っているといえる。
きっとできることから少しずつ工夫して変えていったことで、これほどの顧客体験を提供できるまでになったのであろう。
ブックルックチームも同じだ。今日の変化が10年後の大きな競争力を生む。
時間軸を縮めてみれば、飛躍的な変化、イノベーションを遂げているはずだ。
参考文献:
ジョー・ティッド/ジョン・ベサント/キース・パビット (後藤晃/鈴木潤 訳) (2004) 『イノベーションの経営学』 NTT出版
野中郁次郎/紺野登 (1999) 『知識経営のすすめ』 ちくま新書
吹野博志 (2005) 『ダイレクト・モデル経営』 かんき出版