サービスドミナントロジックとポスト資本主義(2/4)

現在の資本主義は「競争」の上に成立しているといえないだろうか。
行き過ぎた競争は、勝者がマーケットのパイを全部奪う、いわば「winner takes all」を目指そうとする。
利用者や消費者の利得、マーケットのイノベーションを期待するならば、独占は必ずしも適切ではない。

マイクロソフトはクライアントOSの市場ではほぼ独占している。それは、ユーザーにとって大きなメリットでもあった。OSが同じということは、パソコンを買い換えるたびに、毎回使い方を覚える必要がない。友人に教えることもできる。
だが、行き過ぎた場面ではデメリットが大き過ぎる。
マイクロソフトの行き過ぎた場面は何であろうか、ユーザーのメリットを無視し、エゴに走ってしまった側面があるように思える。象徴的なのは、新しいOSであるVistaとOffice 2007にみられるようにユーザーインターフェースをガラッと変えてしまったことである。

多くの人が使用しているメリットはファイルの互換性よりも、使い勝手にあると私は思う。
互換性はコンバーターが司ることができるが、使い勝手はそうはいかない。使い勝手は生産性に影響を与える。
使い慣れた人々は、どこをクリックしてよいのかもわからず、いたずらに時間を浪費し、フラストレーションを抱える。これは明らかな「コスト」である。

だからといって、マイクロソフトの全部を否定しているわけではないことを明言しておく。
ウィンドウズの良い面も引き続き有効である。例えば、サーバーではリナックスの技術者よりもウィンドウズの技術者の方が多い。よって、人材を探しやすいし、報酬も高くはない。ウィンドウズで動作するアプリケーションも多く、かなりこなれている。それらの過去の資産をすべて無為にしてしまうのはもったいなさ過ぎるくらいである。
私は個人的には中小企業ほどウィンドウズをお勧めする。万が一、IT技術者が退職してしまっても、だれかが何とかできる可能性が非常に高い。

さて、なかなかサービスドミナントロジックの話にならないな、と思われるかもしれないので、ちょっと次回の分をお話しすると、主要概念である「価値の共創」に重大なヒントを見出す。